歌会報告

2019年11月歌会報告

 11月10(日)、いつものアクロス福岡セミナー室1で定例の歌会が開催された。参加者は、初参加の原さんを含め18人、選者は大野英子、司会は前半を大西晶子、後半を有川知津子が務めた。最高得点歌は増田順子の

 〇それぞれが自由に描きし幼らの墨絵にミロやピカソの鼓動

 福岡市美術館で開催された水城の題字を書いてくださった池田櫻書道会の、福岡社中展を見た歌会参加者から多く共感を得た歌だが、歌としては次の四つの問題点が指摘された。「それぞれが」と「幼ら」の重複感、子供が自由に描いた墨絵がどれもミロやピカソの絵の鼓動を感じるということになる違和感、「幼ら」は形容詞の語幹に「ら」をつけたもので文法的に間違い。墨絵に…鼓動と名詞止めで終わるのはわかるけれども言葉足らずの感がある。

感動の中心は子供たちが初めて筆を手にして描いたことにあるようだから、そこを強調すべきとして次のような改作例が示された。「幼児らがはじめて描きし墨絵より聞こえるミロやピカソの鼓動」。そのほか幾つかの歌を上げる。

 〇木綿織〝小倉縞縞〟小袋の色目よろしも手ざはりもまた

 10月10日に行われた和布刈歌碑建立四十年碑前祭の記念品として配られた小倉織の小袋を詠んだ歌。何々よろし、何々もまたという詠み方に新しさがなく、一般論で終わっている。手触りがどんなにいいのか色目がどのようなのかをどちらかに焦点を当てて具体的に詠むべき。

 〇工事場の鉄切るにほひけふはして木犀の香のただよはぬ道

 三句の「けふはして」が強すぎる表現になっている。鉄を切るにおいと木犀の香りの対比だけで十分な発見がありそれだけを詠むべき。また、木犀が今日は香らないという残念さが歌に出ていない。心情を入れて、「木犀のかほるこの道工事場の鉄切るにほひにけふは消されつ」の改作例が示された。

 〇松葉牡丹の蜜吸ふ銀のヒメシジミ黒きドットの渦、うづ…… 飛んだ

 結句の「飛んだ」にそれまで羽を閉じて蜜を吸っていたヒメシジミを、じっと見ていた作者の驚きと飛躍があるという意見も出たが、観察に徹しそれをそのまま詠んだ歌。ヒメシジミがよく分らないという意見に対し、今は調べる手段が種々あるのだから、事前に十分調べて歌会に臨むべきであるという教示がなされた。

 〇ツアー客すべて降りゆき小休みと池に目を閉ぢ浸る水牛

 ツアー客が何から降りたのか、小休みするのは誰かなど分からない歌。三句の「と」は次に何をするのかが省略された表現であり、よほどのことがない限り使うべきではない。ツアー客は牛車から降りたとして「牛車よりときはなたれて小休止池に浸りて目つむる水牛」の改作例が示された。

2019年9月の歌会報告

9月8日(日)、アクロス福岡セミナー室Aで開催。新会員の桑本氏を含む21人が参加した。選者は藤野早苗、大野英子、司会は、大西晶子、有川知津子、最高得点歌は有川知津子。

 〇ふるさとは甘やかされたかくれんぼきつとだれかが見つけてくれた

 ふるさとが癒される場所であるということがうまく詠まれている。かくれんぼの歌で鬼になったまま放置されたことをうたう歌はときどき見るが(参考「かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭」寺山修司)、必ず誰かが見つけてくれることを詠んだ点で新鮮。「甘やかされた」は言い過ぎではないかとの意見もあった。その他数首を上げる。

 〇鈴虫の最初の恋歌聴きながら眠らん台風逸れゆきし夜

 台風が逸れた安堵感と鈴虫の鳴き声が聞こえる静けさがうまく詠みこまれている。「最初の恋歌」の是非でこの歌の好悪が分かれるが、虫が鳴くのは交尾を求めてという自然界の事実を踏まえると、是と出来る。

 〇浜田麻里の後ろで歌ふ浜田絵里たかい声越えたかーい声だす 

下句の「声越えたかーい声」に工夫があり、上句の後ろ手という表現もあって、バックコーラスの人のさらに高い声が響く様子が伝わる。浜田麻里、絵里を知らなくても楽しめる歌。

〇顔のなき兵士いならぶさまに咲く向日葵ひまはり八月の畑

八月が戦争を思い起こす月であることを踏まえた「兵士いならぶさまに咲く向日葵ひまはりはちがつのはたけ」はリズムも良く景もうかぶとてもうまい歌。しかし初句の「顔のなき」がこの歌全体で言おうとしていることをすべて見えるようにしている。「顔のなき」を使わないで詠めると一段と良くなる歌。

〇大粒のぶだう一粒しつかりとかみしめ終へる今年の夏を

雰囲気のある歌だが四句の「終へる」がかみしめ終えるのか今年の夏を終えるのか分からない使い方になって混乱する。「おくる」としたらよいという意見があり賛同を得た。ブドウのような柔らかいものを「しっかりとかみしめる」という動作に違和感があるという意見もあった。

その他、原爆被災者の様な重い課題を安易に短歌表現に取り入れることは、思想や倫理の観点からも禁欲的であるべきだとの議論があった。

2019年7月14日歌会報告

7月14日(日)、いつものアクロス福岡セミナー室で開催。18人の会員に見学者1名が加わった。選者は大野英子、司会は大西晶子、最高得点歌は加藤芙美子。

〇流れゆく雲追ふさまにタンポポの綿毛ふはふは夕光の中

 下句の「綿毛ふはふは」は平凡だが景としてはできている歌。メルヘンのようで楽しい歌だが、「雲追ふさまに」が固い表現になっているので、「雲追ふやうに」と柔らかい表現で。その他数首を揚げる。

〇水面打つ雨粒はみな一面に足跡のこし水流となる

 足跡を残すのが水面なので何を表現しようとしているのかがよくわからないが、発想としては面白い歌。結句の「水流となる」がぶっきらぼうで抒情を削いでいる。「水流となる雨粒は水面に足跡つけて流れゆきたり」の改作例が示された。

〇ベゴニアの折れたる茎を挿し木して赤き花付く木下闇に

 上句と下句の主体にねじれがあるので統一が必要。結句は字足らずの読みしかできない。色々な読みができることがこの歌の弱点で、作者が何を詠みたいのかがはっきりしない歌。「ベゴニアの折れたる茎を差し芽して木の下闇に花を咲かせる」とすれば分かりやすくなる。

〇梅雨に入り初めての雨にうるほえり花穂立てたる擬宝珠の葉群

  「うるほえり」は「うるほへり」。梅雨入りが遅かったことが背景にある歌だが、雨に潤うのはどの植物も同じ。「花穂を立てたる」も雨に潤うこととの関連が薄く焦点を定めにくくしている。「梅雨おそくはじめての雨につやをます葉群ゆたかに茂る擬宝珠」の改作例が示された。

〇〈はい〉〈イエス〉〈イエス〉〈YES 〉をクリックし、われのすべてをGAFA(ガーファ)に渡す

 詠まれている内容に新鮮さがないが、二句までの「はい」の変化がアメリカ資本の企業に近づく怖さが表現されている。通常の辞書には載っていないGAFAのような言葉を使うことの是非について、インターネットを使えば簡単にわかる時代なので、(歌として面白い場合は)インターネットを使える人に聞く努力が必要。

2019年6月の歌会報告

 6月9日、アクロス福岡のセミナー室2でコスモス福岡支部歌会があった。選者は藤野早苗、大野英子、司会者は前半大西晶子、後半有川知津子。参加者は15名。最高得点歌は栗山由利の

〇薄物のシャツの裾からぬけてゆく五月の風はサイダーの色

 さわやかで、引っ掛かりのない歌。読みやすく文句をつけるところがない。色のない飲み物であるサイダーの色としたことで、さわやかなイメージが広がったうまい歌。初句を「うすものの」とひらがな表記すればさらに柔らかく良い歌になる。

 その他、いくつかの歌を掲げる。

〇手を述べてこづゑの新緑撮るひとのそのまま風にのつてゆきさう

 「延べて」と「こずゑ」の間違いがあり本人辞退となった歌だが、参加者のほとんどが点を入れたさわやかな歌。「手を延べて」で始まり、「風にのつてゆきさう」で終わるのはバランスが悪いという意見も出た。

〇尻を出しドアの隙間に潜みゐるゴキブリ目掛け殺虫剤を撃つ

 尻を出しがゴキブリの特徴となっていない。昆虫図鑑で調べるなどして、ゴキブリの尻の部分を何と呼ぶかを調べる方法もある。そうすれば、ゴキブリの特徴を面白く歌に詠むことができる。

〇わが暮らし寄せては帰す波のごと日々くり返す主婦業なりて

 主婦というのはこういうものだという思い込みがあり、そこで思考が停止している。自分が詠みたいことを一度散文にして、それを歌にしてみる作業が必要。「寄せては帰す」は返す。

 今回は、参加者が少なく時間があったので、選者が問題点を指摘し、それに基づいて作者が自ら添削するという作業をしてみた。ふたつ紹介する。

〇ベーラーが卵のごとく産み落とす麦わらロール飽きず見ており

 面白い景だが、産み落とすがあれば卵はいらず、飽かず見ておりで収めるのではなく、実感を入れるべき。その結果

〇ベーラーが産み落としゆくわらロールあまた転がる乾いた大地

 また、

〇きのふけふ手すりの端に啼き交はす二羽の鴉は身を近づけて

 昨日より今日近づくのか、手すりの端にそれぞれ居るのかはっきりしないぼやけた歌になっている。きちんと景が浮かぶ歌にすべき。その結果、

〇今日も来て手すりの上に啼き合ひぬ二羽の鴉はぴたり身をよせ

 この作業は好評であり、時間があれば行おうということになった。